「東京オリンピック開催決定記念セール」の商標法上の問題点

Q 衣料品のセールにおいて、「東京オリンピック開催決定記念セール」といった店頭ポスターを展示することは、商標権の侵害になるか。

先日、当事務所でこのような相談を受けました。オリンピックの東京招致によって、このような悩みを抱えている事業者も多いと思いますので、商標制度の基本的なことから解説してみます。

<Q&A>

衣料品のセールにおいて、「東京オリンピック開催決定記念セール」といった店頭ポスターを展示することは、商標権の侵害になるか。
商標権の侵害とされる可能性はあります。

<解説>

1 前提事項

商標権とは、登録された指定商品・指定役務について、商標権者のみに「商標の使用」を認め、第三者による「商標の使用」を禁止する権利です。

例えば、ヤマトホールディングスは運送の指定役務について「宅急便」の商標を持っているため、第三者が無断でトラックに「宅急便」の名称を付けて運送業を行えば、ヤマトホールディングスに対する商標権の侵害になります。

国際オリンピック委員会(コミテ アンテルナショナル オリンピック)は、極めて広範囲の指定商品・指定役務について、「OLYMPIC(呼称:オリンピック)」の商標を登録しています。そして、指定商品の販売・役務の提供のためにポスターを展示する行為も、形式的には商標の使用に該当します。

そのため、例えば衣料品のセールにおいて、「オリンピック」と称したポスターを展示することは、形式的には商標の使用に当たり、国際オリンピック委員会の許諾がなければ商標権の侵害となります。

2 本件の問題点~「商標の使用」の例外

では、東京オリンピック開催を祝したセールを行い、「東京オリンピック開催決定記念セール」といった店頭ポスターを展示することまで、商標権の侵害になるのでしょうか。

商標法上、形式的には「商標の使用」に当たるような場合でも、商標の実質的機能(①出所識別機能、②品質保証機能、③宣伝広告機能)を害する態様で使用されていると認められない場合には、商標法上の「商標の使用」には当たらず、商標権の侵害は生じないものとされています。

そこで、「東京オリンピック開催決定記念セール」といったポスターを展示することが、このような例外に該当しないかが問題となります。

これに関して、参考になる裁判例があります。この事件では、コナミスポーツが、JOCの登録商標である「がんばれ!ニッポン!」と記載された広告チラシを製作・頒布したこと等が、「商標の使用」に該当するかが争われました。これについて、裁判所は、次のとおり、コナミスポーツの行為が商標の使用に該当すると判断しました。

知財高裁平成18年1月31日判決

本件標章(注:『がんばれ!ニッポン!』)の長期にわたる継続的な使用の実績、その周知著名性からすれば、需要者ないし一般国民は、本件標章が被告(注:JOC)の事業を表す標章であり、これを使用している企業はオリンピックに協賛しているものと認識するということができるから、本件標章(注:『がんばれ!ニッポン!』)は、オリンピックに協賛している企業に係る役務を表す商標として、出所識別機能を有するものというべきである。

そして、本件標章(注:『がんばれ!ニッポン!』)が、もともとは、いわゆるスローガンであったとしても、そのことから直ちに出所識別機能を有しないということはできないし、上記のとおり、本件標章(注:『がんばれ!ニッポン!』)が出所識別機能を有するものであって、コナミスポーツの前記広告において、大きな文字で目立つように記載されていることからすれば、この広告に接した需要者ないし一般国民は、同社の経営するスポーツクラブの役務が、被告のオリンピック関連事業に協賛している企業によって提供されていると認識するというべきであるから、本件標章が商標的使用の態様で使用されていないとはいえず、原告の主張は採用することができない。

ただし、上記裁判例は、第三者が、商標権者を被告として、「がんばれ!ニッポン!」の商標登録の取消しを求めた裁判でした。このような場合、裁判所は、商標権を取り消すという不利益を与えるほどのものかという観点から判断します。

これに対し、商標権者が、「がんばれ!ニッポン」との表記をした第三者に対して、商標権侵害を理由に損害賠償や差止めを求めた場合には、裁判所の判断は異なることも考えられる、との評釈もあります(知的財産高等裁判所長 判事 飯村敏明「商標関係訴訟 ~商標的使用等の論点を中心として~」(日本弁理士会『月刊 パテント』2012年11月号))。

3 結論

このように、実質的な「商標の使用」の有無は、境界の線引きが極めて難しい問題であって、具体的な使用状況や、裁判の経緯によっても結論が分かれることが考えられます。

前記裁判例で問題となったチラシは、コナミスポーツが、JOCから許諾を得て、登録商標である「がんばれ!ニッポン!」と大きな文字で目立つように記載したものです。他方、今回の質問である「東京オリンピック開催決定記念セール」という店頭ポスターは、セールの契機を示す説明の中で「オリンピック」の文字を記載しているにすぎず、必ずしも同一に考えることはできません。

しかし、「東京オリンピック開催決定記念セール」との店頭ポスターであっても、記載方法や商品の販売態様等の具体的状況によって、「そのポスターに接した需要者ないし一般国民が、同社の販売する衣料品が、オリンピック関連事業に協賛している企業によって提供されていると認識する」といえるのであれば、「商標の使用」と認められ、商標権の侵害になります。

4 補足

なお、「オリンピック」の言葉を使用せず、「東京招致成功おめでとうセール」との店頭ポスターであっても、商用権の侵害となる可能性はあるのでしょうか。

朝日新聞の記事によると、日本オリンピック委員会(JOC)は、「オリンピック」だけでなく、

・ 4年に1度の祭典がやってくる
・ おめでとう東京
・ やったぞ東京
・ 招致成功おめでとう
・ 日本選手、目指せ金メダル!
・ 日本代表、応援します!

などの「五輪を想起させる言葉」を用いることについても、商業的利用を認めないとの見解を示しているとのことです(ただし、日本オリンピック委員会(JOC)のWEBサイトにはそのような記載は見あたりません)。

しかし、商標権は、原則として「登録された文字や図形」について発生するもので、それ以外の言葉まで第三者の使用が制限される謂れはありません。前記の裁判例も、「がんばれ!ニッポン!」という商標登録された言葉自体がチラシに記載されていたことが大前提となっています。

ところが、日本オリンピック委員会は、上に列挙された各言葉の商標を登録していないようです。

また、商標権の範囲は登録商標と類似する商標にも拡張されていますが(商標法37条1号)、その拡張範囲は

① 外観(「P&K」と「P&R」等)
② 呼称(「PHOENIX」と「Fenix」等)
③ 観念(「Tiger」と「虎」等)

の類似という限定的なもので、上記のような言葉が「オリンピック」と類似するという解釈は無理があります。

そのため、日本オリンピック委員会(JOC)による、前記のような「五輪を想起させる言葉」の商業的利用を認めないとの見解には、十分な法的根拠はありません。

したがって、衣料品を販売する際に「東京招致成功おめでとうセール」との店頭ポスターを掲示しても、商用権の侵害となる可能性は低いと考えられます。

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