性犯罪被害者秘匿制度~2024年2月15日適用開始~

 

こんにちは、弁護士の尾形です。
本日は、2024年2月15日に適用が開始された、刑事上の被害者秘匿制度について解説いたします。

この度適用が開始された被害者秘匿制度とは、おおまかに、これまで、逮捕状や起訴状に記載されていた被害者の氏名等が、主に、性犯罪を犯したと疑われる被疑者や被告人、その弁護人に開示されなくなるという制度です。

実は、これに近い制度はこれまでも存在していました。どのような制度かというと、公開の法廷では、被害者の氏名や住所を明らかにしないという制度です。これにより、法廷では、起訴状に被害者の氏名や住所が記載されている場合には、それを読み上げないようにしたり、被害者の証人尋問の際には、氏名や住所を口頭では確認しないなどの措置がとられていました。

そうすると、今回の被害者秘匿制度で何が変わるのかと、思われるかもしれません。今回変わったのは、起訴後の公開の法廷だけではなく、その前段階、逮捕や起訴の段階でも、被害者の氏名や住所を秘匿するようになったということです。そして、誰に対して秘匿されるのか、この点も、公開の法廷における秘匿では、法廷に居合わせた、不特定多数の者に対して秘匿されるのみならず、性犯罪の被疑者や被告人、その弁護人に対しても秘匿されるようになりました。

 

ぱっと聞いた印象ですと、性犯罪の被害者が、個人情報を被疑者・被告人に知られなくなるのですから、良い制度のように聞こえます。しかし、弁護士の立場からは、今回の被害者秘匿制度は、かなり問題のある制度だと考えています。また、他の弁護士からも多くの懸念が出ています。

① どういうことかというと、被疑者からすると、逮捕される場合、どのような容疑で逮捕されるか告知されるのですが、今回の改正で、被害者を明らかにせず告知されるときがでてくるということです。誰に対して性犯罪をしたのか明らかにされないため、場合によっては、実際には全く身に覚えがない事実で逮捕されたとしても、確認をするすべがない可能性があるのです。被疑者が事実を思い出したり、確認することが困難になることが予想され、ひいては、えん罪の可能性が高まることが危惧されます。たとえば、不同意わいせつ罪の時効期間は12年ですが、10年前の容疑で逮捕された場合、それが身に覚えのない事実であったとき、どのように被疑者が防御できるのか疑問ではあります。

② また、被疑者の弁護人からしても問題があります。すなわち、弁護士は、依頼者から依頼を受ける場合、相手方、性犯罪で言えば、被害者が、自分の依頼人や、その関係者ではないことを確認することが義務付けられています。しかし、被害者の氏名や住所が明らかにされないと、この確認ができないことになってしまいます。そうすると、被疑者が弁護人に依頼しようとしても、この確認ができないので、弁護人としては依頼を断るということがあり得ます。被疑者が弁護人に依頼する機会が奪われるわけです。

結局、今回の改正には、被害者にとっては、氏名や住所が被疑者に対しても守られるというメリットがありますが、被疑者側で、事実確認が困難になる、弁護人に依頼できない場合が出てくるという大きな懸念点があります。

性犯罪被害者の保護は勿論重要ですが、えん罪の可能性が高まるとすれば、大きな社会的問題となり得ます。運用上、このような懸念点が現実のものとなるか、注視が必要と考えています。

本日の解説は以上です。
最後までご覧いただきありがとうございました。

著者プロフィール


尾形達彦 弁護士

おくだ総合法律事務所
埼玉県私立西武学園文理高等学校卒
早稲田大学法学部卒
早稲田大学法科大学院修了
福岡県弁護士会所属