違法ダウンロードの拡大反対論の基礎知識~2019年3月にDL違法化が見送られるまで
こんにちは。弁護士の田代です。
前回の動画では、「違法ダウンロードの拡大以前の基礎知識」についてお話ししました。違法ダウンロードの拡大論の出発点についてのご説明でした。
それに引き続き、今回は違法ダウンロードの拡大にどのような問題があるのかという視点から、反対論の基礎知識についてご説明致します。
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著作権法改正(違法ダウンロード拡大)議論の経緯
まず、最初にざっと議論の経緯についてご説明します。
今年の1月末に、政府が、著作権法の改正案、つまり違法ダウンロードの拡大法案を今期国会に提出するという意向を表明しました。
さらに引き続き、政府は、違法ダウンロードの拡大法案、著作権法の改正案に関しての報告書を公表しております。
また、政府は、2月の中旬にも報告書の最終的な取りまとめを行い、それを公表しました。
ところが、これに対して反対論が相次ぎました。
そして、その結果、今月、つまり、平成31年3月13日、政府が、著作権法改正法案の今期国会の提出を断念したと表明しました。
違法ダウンロードの反対論= 改善論
このような経緯となった著作権法の改正案、この反対論についてどのような団体が反対していたのかをご説明します。
まず、大きいところでは、明治大学知的財産法政策研究所、ここで筆頭にあげられてる高倉教授とか中山教授ですね。
彼らは、日本の知的財産法の研究のまさに第一人者という極めて重要な立場にあります。
さらにちょっと思いの外の団体ですが、例えば日本漫画家協会、日本マンガ学会、全国同人誌即売会連絡会と、このような今回改正法で保護される、本来であれば改正法に賛同しそうな団体も反対の声を出しております。
さらに、図書館問題研究会、あるいは日本建築学会など、様々な団体から反対論が出ておりました。
反対論の中身については、反対論というのは一口に反対するだけではなく、「このように改正した方がいいんじゃないか」とか「内容を改めた方がいいんじゃないか」という改善論でもあるんですね。そういった意味で、このような様々な団体からの声が出てきたと考えられます。
漫画のダウンロードを違法とする条項
どのような点を変えて改善すべきなのか、その前提として、まず、政府が公表した条文ですね、どのような規制をするのかという点についてご説明します。
まず、条文から入りますと、
著作権を侵害する自動公衆送信を受信して行うデジタル方式の複製(特定侵害複製)を、特定侵害複製であると知りながら行う場合
という、非常にわかりにくい条文ですね。これは、法律全体がそのようなわかりにくいところがございますので、私なりに非常にざっくりと言い換えますと、
インターネット上にアップロードされた違法な複製物を、違法な複製物と知りながらデジタルコピーする行為
これが規制の対象になる、違法ですという内容になります。
もう少し分析的に見ていきますと、
①インターネット上にアップロードされた違法な複製物
これについては、対象物が何なのかとそういった問題がございます。
次に、
②違法な複製物と知りながらデジタルコピーする行為
これは、規制対象となる行為がどのような行為なのか、
こういった2つの視点があるかと思います
対象物の問題
これらについて、順番にご説明します。
まず、第1に、対象物の問題です。
これは、インターネット上にアップロードされた違法な複製物です。
どのようなものを指すのかについてご説明します。
① 漫画のスキャンデータ
まず、漫画のスキャンデータです。これは今回の議論の出発点だと思いますが、漫画や書籍ですね。そういったものをまるっとコピーして、それをインターネット上にアップロードしている。このような状況に対しては、ダウンロードする方も違法として、場合によっては処罰した方がいいんじゃないかと。そのような視点が、今回の法改正の出発点になります。
ところが、このような規制だと次のような問題もあります。
② 二次的著作物(パロディ、同人誌等)
例えば、二次的著作物ですね。パロディとか、先ほど同人誌団体というのが出てきましたが、同人誌のようなものについても、例えば、原作があってそれに何かしら手を加えて、二次的に著作物として漫画とか小説とかのような形で制作している。こういったものについても、原作者の許可がなければ違法にアップロードされた違法な複製物と、そんなふうになってしまいます。
③ 引用の要件を満たさない論文
さらに、例えば、引用の要件を満たさない論文。現在、様々な分野で論文が発表されていますが、論文は他の論文の引用というのが不可欠なんですよね。ところが、様々な分野の論文の著者で、法律に精通している人はほとんどいません。そのため、他の論文を引用する要件を厳密に満たしていない、そういった論文は世の中に沢山ございます。このような論文も、パソコンにダウンロードしてプリントアウトして研究の材料に使ってはいけないことになってしまうという、そういった危険もございます。
④ 違法な画像・アイコン・素材が含まれるWEBコンテンツ
さらに、違法な画像・アイコン・素材など、そういったものが含まれる WEBコンテンツですね。これも、世の中には多数ございます。
例えば、スライドの右下に出てきている「いらすとや」さんのフリー素材。これは、自由に使ってもよいということで広く使われているところでございますが、実は、このフリー素材は、使い方や使ってよい数など、厳密にはルールがございまして、それを満たしていなければ違法な使用ということになります。
このような素材が使われている、例えばこの動画ですね。これをダウンロードするということも違法になってしまうという可能性もございますので、非常に難しい問題なんです。
インターネットは違法コンテンツで満ちている?
つまりざっくり言いますと、問題点としてインターネット、インターネットに限らず様々な文化的活動の中には、意外と違法なコンテンツというのは沢山ございます。そのため、このままの条文でこのままの規制を行うと、それらの使用も大幅に制限される恐れがあるんじゃないかと。このようなことが心配されます。
原作のまま
そこで、例えば、反対論を唱えている団体からは、このような条文の中に「原作のまま」という条件加える、つまりインターネット上に原作のままでアップロードされた違法な複製物。ダウンロードの規制をそこに止めることで、これは「デッドコピー」と言うんですけれども、例えば漫画をそのままアップロードしているものを規制するだけにして、引用とかあるいは二次的著作物とかそういったものについてのダウンロードは規制の対象から明確に除外すると、そういった提案をしておりました。
対象行為の問題
次に、もう一つの問題点は、対象行為の問題です。これは、元々はどうなっていたかと言いますと、違法な複製物と知りながらデジタルコピーする行為ですね。私の言い換えの言葉なんですが、そのような行為が規制の対象とされていました。
これについても問題がございます。
① 漫画一冊をダウンロード
まず、元々の出発点としてはどのような行為かと言いますと、例えば、漫画の一冊を丸々ダウンロードする、これを規制したいというのは非常によく分かる。
② 漫画の一部(1ページ、1コマ)をダウンロード
ところが、このような規制の内容では、例えば漫画の一部ですね。1ページあるいは1コマだけをダウンロードする、これも引用に近いような使い方になると思いますが、そういったことも許されないのかと。
③ 新聞・雑誌の記事の一部をスクリーンショット
さらに同じように、新聞や雑誌の記事の一部をスクリーンショットする、それで場合によっては何か議論の中でその一部をスクリーンショットしてそれに対して反論を出すと。そういうこともありえますが、そういった行為も許されなくなるんじゃないかということが懸念されます。
④ ストリーミング再生は?
その一方で、複製物と知りながらデジタルコピーつまりダウンロードなどが中心になるんですが、そのような行為が規制の対象とされるのみで、ストリーミング再生ですね、つまりデータ自体はパソコンやスマートフォンに落とさないで、インターネットのサーバーに残ったままでただ閲覧をするとそういった行為については規制の対象にはならないという問題もございます。
そもそも、今回の規制の出発点は漫画村というサイトが問題になりました。このサイトはダウンロードせずにサーバー上にデータを残したままで漫画を見るというサービスですので、そもそもこのような規制の内容では出発点である漫画村に対しての閲覧の制限、それさえ実現できないという問題点がございます。
海賊版サイトの対策という本来の目的はどこに?
そのため、海賊版サイトの対策という本来の目的はどこに行ったのか、そのような中でこのように様々な規制が他の行為に及ぶというのはどういうことなのか、という反対論が出てきました。
違法な複製物と知りながらデジタルコピーする行為のうち、著作権者の権利を不当に害する行為
そのため、この規制に反対する議論の中では、例えば規制対象の行為については、「違法な複製物と知りながらデジタルコピーする行為のうち、著作権者の権利を不当に害する行為」に限定すべきではないかというような提案がなされています。
つまり、漫画の一部、一コマなどをダウンロードしたりとか、あるいは雑誌の一部をスクリーンショットするような行為については、著作権者の権利を不当に害するというものではないということで、規制の対象から外しませんかと、そういった提案がなされました。
対応策
① 対象物の問題
インターネット上に原作のままアップロードされた違法な複製物
今回の対応策をまとめると、まず対象物の問題。これについては単にインターネット上にアップロードされた違法な複製物という条件だけではなく、「原作のまま」アップロードされたものという条件を一言加えると。
② 対象行為の問題
違法な複製物と知りながらデジタルコピーする行為のうち、著作権者の権利を不当に害する行為
次に、対象行為の問題については、違法な複製物と知りながらデジタルコピーをする行為だけではなく、それらの行為のうち「著作権者の権利を不当に害する行為」に限定すべきではないかとこういった対応策の提言がなされました。
このような状況を受けて、政府は今回の著作権法改正案については国会の提出はしないということになったのかと思います。
まとめ 個人的な感想
① 法律の善し悪しを検討する視点
さて、今回の件を受けて最後にまとめに換えまして、私の個人的な感想を述べたいと思います。
まず、法律の良し悪しを検討する視点。これが一つ、今回の一連の経緯の中で学べるものかと思います。
つまり、法律の良し悪しを検討する上で、まず目的ですね。この目的については、今回の法律の改正案についての目的は、特に問題なかったかと思います。
海賊版サイトを制限する、それによって著作権者の利益を守るという目的に特に問題はございません。
ただ、目的だけではなく手段ですね、手段が相当なのかというところが今回問題となりました。
つまり、このような条文では、それ以外の行為が制限されたり、あるいは本来の目的は達成できないのではないかと。このように、法律の良し悪しを検討する上では、目的と手段という二つの視点が大事かと思います。
② 反対論の主張方法
次に、反対論の主張方法ですね。
これも、今回反対論者ですね、とても元々権威のある方もたくさんいらっしゃるという状況ではございますが、ただ反対するだけでは、おそらく今回の結果にはならなかったと思います。
反対論というよりも改善論ですね、ただ反対するだけはではなく「具体的にこういう条文にしてはどうか」と提案してきたこと、これは非常に物事の反対をする上で重要な行動ではないかなと個人的には思いました。
③ 著作権法の目的(文化の発展に寄与すること)の難しさ
さらに、3番目ですね。著作権法の目的、これは文化の発展に寄与することというふうに条文に書いてるんですが、これを達成するのは非常に難しい。そもそも文化というのはどのようにして発展するのか、保護されて発展するものなのか、あるいはむしろ野放しにした方が発展するものではないのかと、これはもうまさに歴史の解釈であって人為的にどうこう考えるというのは非常に難しいんですよね。
ですので、今回の議論も何が文化の発展につながるのか、というさじ加減が非常に難しい問題ではないかと思います。
④ 表現の自由への考慮
さらに、4番目は、表現の自由ですね。これも、今回の議論の中では、常につきまとっていた問題かと思います。
一般的には、表現の自由を侵害すると言うと、表現者の、つまり何かを言ってる人の口を塞ぐ、あるいは何かを書こうとする人の手を縛ると、こういったものが表現の自由の侵害というやり方で想像がつくかと思います。ですが、表現の自由を侵害しようとする時には、それだけではなく、聞こうとする人の耳を塞いでしまう、あるいは目を覆ってしまう、こういったことでも表現の自由を侵害することはできるんですよね。
今回は、まさにそちらの方での表現の自由の侵害ではないかという点が大きくクローズアップされたかと思います。
⑤ 今期国会への提出を断念 = 次期国会への先送り
そして最後に、今回の結末ですが、政府は今回の反対論を受けて今期国会への法案の提出を断念しました。
これは裏を返しますと、法案の提出を次期国会へ先送りしたと、そういった風に考えられます。実際、そのような発言もなされているところです。
つまり、この議論は今回終結したわけではなくて、今後も引き続き、かなり近いスパンで継続して考えていかなければならない問題かと思います。決して終結した問題ではないということで、今回このような形で解説させて頂きました 。
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著者プロフィール
田代隼一郎 弁護士
おくだ総合法律事務所
平成24年弁護士登録
福岡県弁護士会所属
熊本県熊本市出身
真和高校卒
九州大学法学部卒
大阪大学大学院高等司法研究科修了