こんにちは、弁護士の田代です。 この記事ではタトゥー彫師の無罪判決について解説いたします 。今年の9月16日に出た判決でタイムリーな話題ですが、この判決をテーマに法律学の基本的な基礎的な内容について理解いただきたく解説したいと思います。

 

どんな事件?

まず、この判決の元になった事件は、医者でない被告人(タトゥー彫師の方)が業として平成26年7月から27年3月までの間、大阪府内で4回にわたって3名のお客さんに対してタトゥーを彫った、そのことが医行為を行い、もって医業を成したと、要するにタトゥーの彫師の方がお客さん相手にタトゥーを彫ること、これが医業に当たるのか、こういった点が問題となりました。

そしてまず、地方裁判所はこのタトゥー彫師に対して罰金15万円(つまり犯罪だという)判決を出しました。これに対し、高等裁判所は、被告人に対して無罪を言い渡しました。これはつまりタトゥーを彫る行為は医業には当たらないと判断したのです。

そして今回、最高裁がこれに対してどう判断するのか、つまり検察側がこれに対して上告(最高裁に対する不服申立て)をしておりました。日本は三審制の制度を取られておりまして、刑事事件でも民事事件でも3回は判決を受ける(裁判官に判断してもらう)権利がございます。そこで、地方裁判所から始まる事件では、地方裁判所の判決に不服がある場合には高等裁判所に不服を申し立てることができ、そして高等裁判所の判決に不服がある場合には最高裁判所に判断を仰ぐことができます(ただし、最高裁への不服申立ては、憲法違反・判例違反のほか、法解釈に問題がある事件などに限られます)。そして、今回は法解釈が問題となりましたが、最高裁は、被告人を無罪とする、つまりタトゥーを彫る行為、これは医業には当たらないという判断をしました。

どんな法律?

 

今回問題となったのは医師法という法律です。 この法律に「医師でなければ、医業をなしてはならない」という条文がございまして(医師法17条)、被告人はこれに反して医師でないのに医業をしたんだと、この点が問題となりました。そしてこの違反者に対しては3年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金という刑が定められておりまして(医師法31条)、第一審はこれに基づいて被告人に罰金15万円を課したとそういうことになりますね。

さて今回は、17条の「医師でなければ医業をなしてはならない」というこのシンプルな言葉(法律)にタトゥー彫り師の行為は該当するのかとこの点が問題となっております。そしてそもそもシンプルな言葉の中で「医師でなければ」医師かどうかというのは国家資格なのですぐにわかりますが、「医業をなしてはならない」「医業」これは何なのかが問題となります。医業とは、なじみのない言葉だと思いますが、解釈上「医行為を業として行うこと」という風に解釈されております。「業としてなす」これは例えば反復継続したりその意図で行うということでそういった点は今回問題となっておりませんが、その元となる「医行為」これが何なのか、タトゥーを彫る行為これは医行為なのかこの点が問題となりました。

ちなみにこの法律を理解して、もう一度、今回の事案の概要(上記画像の下線部)を確認しますと、「医師でない被告人が、業として~医行為を行い、もって医業をなした」という事案で、これはまさに医業という言葉の解釈(医行為を業として行うこと)が意識されたまとめ方がなされていることが分かります。
そして、今回は、「業として」の解釈には争いはなく、「医行為」の解釈が問題となりました。

争点1 医行為とは?

 

では、医行為とは何かについて解説いたします。
まず、被告人に罰金刑を課した地方裁判所は、医行為について「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」という風に解釈し、タトゥーを彫る行為も保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であるため医行為に当たるという風に判断しました。つまり、タトゥーを彫る行為(人の肌に針を通すような行為)は、医師でなければやっちゃいけませんということですね。

これに対し、無罪判決を出した高等裁判所は、医行為の意味を「医療及び保健指導に属する行為の中で、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を及ぼすおそれのある行為」と解釈しました。地方裁判所の解釈と比較すると、赤文字の箇所(条件)が追加されたという点が大きな違いです。
そしてタトゥーを彫る行為は「医療及び保健指導に属する行為」ではないということで、被告人がした行為も医業にはならないとして無罪判決を出しました。

そして、今回の最高裁判所も、高等裁判所の判断を支持しまして、医行為の意味を「医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うものでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」という風に判断しました。

このような解釈の違いについては、ややこしい漢字の多い言葉遊びのように見えますが、最高裁の判断にはそれなりに意味がございます 。この辺りは後で触れていきたいと思います。

争点2 医療及び保健指導に属する行為か?

次に、最高裁や高等裁判所で追加された「医療及び保健指導に属する行為」にタトゥーを彫る行為が当たるのかどうかが問題となります。つまり、これにあたるのであれば、いずれにせよタトゥー彫師は医師法違反とそういうことになります。
これについて、最高裁は、まず「タトゥー施術行為は、装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって、医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかった」と判断しています。確かに、私の常識に照らしても、タトゥーを彫る行為が医療とか保健指導に属するとは考えられません。さらに、最高裁は、「タトゥー施術行為は、医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であって、医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず、歴史的にも、長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり、医師が独占して行う事態は想定し難い。」と判断しましたが、これもそのとおりだと思います。例えば、優れた医師であっても美術的な才能がなければタトゥー彫師にはなれはしない、タトゥー彫師に必要な技能は、基本的に美術的な技能だと思います。 このような判断で最高裁はタトゥー施術行為が「医療及び保健指導に属する行為」ではないと判断しました。

事件から学ぶ法律学の基礎知識

①法律学の基本

こういった経緯で、被告人は、晴れて無罪を勝ち取ったわけですが、この事件から、法律学の基礎知識についても少し解説致します。

まず、法律学とは何なのかについて説明したいと思います。大学で専攻する学部を迷っている学生にとって、法律学ってどんな学問なのかいまいち分かりにくいのではないでしょうか。六法を暗記するのではないかというと、そうではございません。法律学とは、基本的には「法解釈学」です。法律の中に書かれてる言葉をどんな風に解釈するのかというところ、これについての手法や知識を学ぶことが現代の日本で学ぶ法律学の基本的な内容になります。もちろんそれ以外の学問(比較法学や法制史学など)もございますが、法学部などで履修されている法律学は法解釈学がほとんどです。法解釈っていうと、法律を作った人(法務省の役人など)に聞いたらわかるんじゃないかと言うと、そうでもございません。立法時に想定しない事態があったり、またその時々によって社会の常識が変わってきますので、法の解釈というのは様々な要素を考えて慎重にしていく必要がございます。

②罪刑法定主義

次に、法律学の基礎知識である「罪刑法定主義」について学習しましょう。これは民事ではなく、刑事(犯罪に関わる法律)で必要とされる考え方です。この言葉の意味をざっと述べますと、「犯罪と刑罰は法律によってあらかじめ国民にわかるように明確に定められていなければならない」という考え方です。例えば、刑罰法規が不明確な言葉であれば犯罪になるのかどうか分からなくなるため、刑罰法規は明確でなければなりません。

さらに、刑罰法規を解釈するときには、厳格に解釈しなければなりません。緩い解釈であれば、いろんな物が中に入って犯罪になってしまいます。他方、厳格な解釈であれば、そう簡単には入らない、つまり犯罪にはならないという考え方です。

さらに、罪刑法定主義という言葉には、遡及処罰の禁止の意味もあります。後から作られた法律で罰せられることになると、罰せられる側にとってはたまったもんじゃありません。

このように、罪刑法定主義とは、国家に対しての国民の不信感(勝手に犯罪を作り出されては困るという考えや)、自由を大切にする意識が根底にございます。

おさらい

罪刑法定主義に照らしてこの医師法を見てみますと、17条の「医師でなければ医業をなしてはならない」という条文はシンプルだけどちょっと分かりにくいため、果たして明確なのかなと疑問に思います。さらに「医業とは医行為を業として行うこと」という解釈を一つ挟んだ上で、さらにこの医行為という言葉がちょっと分かりにくい。そして、この医行為という言葉について、地方裁判所は「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と解釈しました。これに対し、高等裁判所・最高裁判所は「ちょっと待った」と、地方裁判所の解釈に待てをかけまして、新たに立てた解釈は「医療及び保健指導に属する行為の中で」という赤い文字の制限が追加されました。

これについては、先ほどの厳格な解釈が必要だとされる罪刑法定主義の理念に沿った判断だと言えます。単純に医師が行うものでなければ云々だけではなく、もう一つ条件を加えて犯罪の枠を絞る、そして絞った枠の中から弾き出されて無罪とされたケースが今回のタトゥー彫師の方々というイメージになりますね。これが罪刑法定主義という観点から見た最高裁判決の意味になります。

③裁判が与える社会への影響

タトゥー彫師の無罪判決から学ぶ法律学の基礎知識。上の画像のうち①が法律学の基本について、②が罪刑法定主義についてそれぞれ解説しました。そして、③が裁判が与える社会への影響についてです。仮にこの事件で地方裁判所の判決を最高裁が支持してたらどうなってたのかと言いますと、これについて最高裁判決の中で草野耕一裁判官が補足意見として触れています。

すなわち、「医師でないものがタトゥー施術行為を業として行うことは原則として医師法上の禁止行為となる」と、つまりタトゥー彫師は医師免許がないとタトゥーを彫ることはできません、医師以外の者が業としてタトゥーを彫ることはできないことになります。でタトゥー施術行為を業として行う医師が近い将来出てくるかと言うと、そんなことは考えられない。そうするとどうなるのかと言うと「我が国においてタトゥー施術行為を業として行う者は消失する可能性が高い」ということになります。そしてこのことについてどう考えるのかと言いますと、裁判官としては、公共的な空間においてタトゥーを露出することの善し悪しは議論を深める余地があるものの、タトゥーを彫ることに対する需要それ自体を否定すべき理由はないと、これは歴史的にタトゥー(刺青)が存在してきた意義や外国人の中で普及してる需要を否定すべきではないと 。

そして、もし最高裁が地方裁判所の判決を支持した場合には、タトゥーを彫りたいといった需要が満たされることのない社会を強制的に作ってしまう、そして国民が享受しうる福利の最大化を妨げるものになると言わざるを得ないと判断しました。今回のこの事件は、日本でタトゥーの存続に大きな影響があるので、これについて裁判所がタトゥーを制限する方向で決めてはならないという風に最高裁の裁判官が判断したわけですね。

これについてタトゥー自体をどう考えるのかというのは皆様もそれぞれの見解があると思いますし、私も自信を持って一概には言えませんが、この事件を担当した弁護士の方々は、無罪を勝ち取ったことで、今回の事件の被告人個人の助けになっただけでなく、非常に社会的にも大きな仕事をされたのではないかと思っております。そして、今回の記事は、法解釈という少しややこしい内容でしたが、我々実務家の活動の意義について少しは皆様にご理解いただけるかなと思いまして今回の解説をいたしました 。

今回は、タトゥー彫師の無罪判決から学ぶ法律学の基礎知識というテーマについて解説いたしました。 何かご不明な点ございましたらよろしければお気軽にご連絡ください。

著者プロフィール


田代隼一郎 弁護士

おくだ総合法律事務所
平成24年弁護士登録
福岡県弁護士会所属
熊本県熊本市出身
真和高校卒
九州大学法学部卒
大阪大学大学院高等司法研究科修了