私は、今、3人の子どもを育てています。

ようやく、自分で顔を洗ったり、お風呂に入ったり、トイレに行ったり、それから、着替えたり、その気になれば、部屋を片付けたりもできるような年齢になってきました。上の2人は、自分で学校にも行ける(笑)。

しかし、それでもまあ、怒濤の毎日です。
ここんとこなんて、なんだかとても忙しかったからか、夕方下の子を園に迎えに行って、真っ暗な中帰ると、疲れがどどーっと押し寄せてきます。
さ、、、、ご飯作らなきゃ、、、もうひとがんばり。。冷蔵庫、何があったっけ?栄養偏らないようにしなきゃ・・・頭の中の、仕事中とは違う場所が超高速回転します。

そんな中、子どもが3人集まれば、そこココではじまるいざこざ(笑)。

頭のどこかの血管がプチンとはじけるのが自分で分かるほど(笑)、、、、「もーーー、いい加減にしなさいーーー!!」と叫んでしまいます。余裕がなければ余裕がないほどに。
そして、ああ、こんなんじゃだめだ、って、もう一人の冷静な私が、怒鳴る私に大きなバツ印をつける。。。

毎日がこんなことの繰り返しです。子育てで辛いなんて思ったことは一度もない、なんて、子育て賢人の話に触れるたびに、我が身を振り返り、悲しくなってしまいます。

もちろん、辛いことばっかりではなくって、きらきら輝くたのしいことがたくさんあります。たまらなく愛おしい。いてくれるだけで幸せ。宝物、間違いなしです。でも、ああ、毎日本当に目が回りそうです。。洗っても洗っても、洗濯物の山だし、、

仕事柄、離婚事件に多く遭遇します。その多くが、当人たちでは処理できない事例ですから、なかなか壮絶だったりします。

一般的に、離婚事件に子どもを巻き込むな、子どもにとって親であることには変わりないのだから、と言われます。
でも、実際には、子どもを育てていない方の親が、子どもとうまく面会交流するのは、そう簡単ではありません。

冒頭、しつこく書いたように、子育てには苦労が多い。それは事実だと思います。楽しくてタマラナイ、という人も多いのかもしれないけれど、ひとつひとつの場面に真摯に向き合うとなると、それなりの体力、精神力も必要なような。

だから、最近、思うのです。

育ててくれて、ありがとう。

シンプルにそういってもらえるだけで、肩の力がすーっと抜ける。明日への活力が沸いてくる。100%完璧ではないかも知れないけれど、頑張ってると認めてほしい。最低限そういってもらえないと、はじまらない。

だから、どうでしょう。
メインで子育てに関われていない方は、ふかく深呼吸して、

育ててくれて、ありがとう

そう思ってみる。そして、それを伝えてみる。

ごくごくシンプルに、
ただ、
育ててくれて、ありがとう。
毎日、本当に、ありがとう。

そこをすっ飛ばす、あるいは、ちゃんと伝えないから、根本的になかなかうまくいかないのかも。
離婚していない家庭であってももちろんそうだし、離れて暮らしていたり、離婚している家庭であれば、なおさら。

なんとなく、最近、
当人だけではなく、裁判所も、私たち弁護士も、その部分を置き去りにしているような気がします。 権利だから、子どもにとってプラスだから、当然、だと思って。

それに、ありがとう、というプラスの感情の持つ、自分自身への効果も大きいのでは、と思うのです。ごちゃごちゃした感情から、一歩前へ、一歩上へ踏み出す、小さな小さなきっかけになるのかも。

育ててくれて、ありがとう。

がんばって、伝えてみませんか。

追伸 もちろん、これで全てうまくいくほど、単純じゃないってことは分かってるつもりですけれど!